アンビバレントな歌をうたう

相反する二つの感情、その双方に価値を置くこと

本当は鬱病だと言いたかった

五月半ばから鬱の波に飲み込まれていて、七月に入った今でも鬱々と過ごしている。周りの湿度を吸い込んではベタベタになった潮解性のある物質、水酸化マグネシウムとか炭酸カルシウムとか、になったみたいで何をするにもしんどい落とし穴に落ちてしまったかのようだ。もがいてももがいても出られない。私の短い人生でこの鬱の満ち引きはもう数十回は経験しているはずなのに、未だに対処方法がわからずオロオロするだけだ。無理ゲーレベルの脱出ゲームに放り込まれた気分で過ごしている。

 

そんな中でも行きがかり上、初めてお会いする人との約束があった。そのうち落とし穴から抜け出せるかもと、アポイントを延ばしに延ばしてもらっていたけれど、いつまでも逃げてばかりもいられないと腹を据え、会う算段を整えた。

 

もういいや。予定を先延ばしにしていたのは自分が鬱持ちであることを言ってしまおう。それを敬遠したり侮蔑するような人ならそれはそれで仕方ねえな。半ば投げやりな心持ちで家を出た。

 

ところが待ち合わせ場所に来た人はそんな杞憂を吹き飛ばすような人だった。あんまり人の話聞いてくれないし、自分の話したいことと訊きたいことをピッチングマシンのように次から次へと豪速球で投げてくる。しかも声デカいし。ただ、性質はとても善良で、言葉の裏側とか全く読めない鈍感さには安心感さえ覚えた。

 

会って早々に、リスケをお願いしたのはここのところてひどく鬱っぽくて、でも約束してたのにそれをうまくコントロールできなくてごめんなさい、って言おうとか色々考えていたのに全然そんなこと話せなかった。でもまあいいか。こんど会ったら、その時まだ井戸の底でもがいているようだったら言おう。そう思った。